「陸上養殖」に取り組む鳥取県と、地方活性化を目指すJR西日本が手を携えて生まれた「お嬢サバ」 「陸上養殖」に取り組む鳥取県と、地方活性化を目指すJR西日本が手を携えて生まれた「お嬢サバ」

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鳥取県岩美町・網代漁港

更新日:2020/1/31

サバは日本で漁獲量がもっとも多く、2018年の漁獲量は51万8000トン。2位のマイワシ(50万トン)、3位のホタテ貝(23万6000トン)を上回り、漁獲量ランキングは1位です。
豊富に獲れ、市場価格も手ごろなことから、サバは大衆魚として日本で長らく愛されています。

一方でサバは、生食には向かない魚種として知られています。そのため、九州北部など一部の地域を除いて、活魚のサバを刺し身などの生で食べる文化は、ありません。その理由のひとつは、アニサキスという寄生虫の存在。アニサキスはサバの身に寄生し、これが付いたサバを人間が食べてしまうと、激しい腹痛が発生するなどの食中毒症状を起こしてしまう恐れがあります。それを避けるには70度以上(60度なら1分以上)で加熱するか、マイナス20度で24時間以上冷凍する必要があるのです。

ところが2018年に、生で食べられるサバが市場に現れました。従来にはない、地下海水を使った陸上養殖によって寄生虫が付きにくく、身を生食できるだけではなく、白子や肝、真子まで食べられるのです。
この画期的なサバは鳥取県栽培漁業センター(以下、鳥取県)と、西日本旅客鉄道株式会社(以下、JR西日本)の共同プロジェクトから生まれました。

出典:農林水産省「2018年漁業・養殖業生産統計」

生食できるサバは陸上養殖から生まれた

鳥取県は、日本海に面しています。日本海はとくに冬の天候が不順で、1年を通じて水産業を安定して行うには厳しい環境にあります。それに加えて鳥取県の水産業そのものも、温暖化や海洋環境の変化にともなう水揚げ量の減少、漁業従事者の減少などの問題に直面していました。

そこで目を向けたのが、水産物の安定供給が期待できる養殖。これを進めるにあたって鳥取県は視野を広げ、一般的な海面ではなく、陸の上で行う「陸上養殖」に着目します。
その取り組みの詳細を、鳥取県栽培漁業センター室長の山本健也さんに伺いました。

「一般的な養殖は海に網を入れて行いますが、鳥取県は冬の天気が悪い場合が多いので、そのやり方はできない。波が高くて、できないんです。そこで陸上養殖を振興する方針をとり、県をあげて精力的にやっていこうということになりました。それが2012年度からです」

鳥取県栽培漁業センター室長の山本健也さん

その当時、陸上養殖は新しい技術だったのでしょうか。

「全国的に見ると大分県が先進してヒラメの陸上養殖をされていたこともあり、陸上養殖そのものは新しい技術ではありませんでした。鳥取県でもそれまでに、民間で2社ほどが陸上養殖をしていました。そこに目新しさを加えるために地下海水を用いることで、鳥取県ならではの陸上養殖をアピールしていくことになりました」

こうして、鳥取県栽培漁業センターで、実際に地下海水を使った陸上養殖の試験研究を始めました。

「研究を始めて2〜3年で、地下海水を使用した陸上養殖が実現できる可能性を得ることができました。そして、この技術を使った陸上養殖を事業化する方として、手を挙げてくださったのがJR西日本さんだったのです」

異業種の水産業に進出したJR西日本

鉄道事業者であるJR西日本が異業種である水産業に進出した理由を、JR西日本創造本部ビジネスプロデュースグループの石川裕章さんに伺いました。

「日本全体で、人口の減少と都市部への流出がここ数年顕著になっています。とりわけ地方に目を向けると、住む人、働く人が減っています。都市部や新幹線などの事業はある程度好調ですが、このままでは、会社の経営としても将来厳しい問題になってくると危機感を持っていました。そのためにも、地方に雇用を創出し、定住を促進するビジネスを興していく必要があると考えていました」

JR西日本の石川裕章さん

地方に雇用を生み、定住を促して地域を活性化することが、第一の目的。ではなぜ、水産業だったのか

「鳥取県が地下海水を使った陸上養殖の技術開発をやっているという新聞記事を読んだのが、いちばん初めのきっかけでした。記事を見て、従来の漁に行って魚を獲ってくるだけではなく、陸上養殖という先進的な方法を地域の新しい水産業の形として根付かすことができれば、地域に雇用が生まれるのではと考えたんです」

通常の海面養殖では、海中で魚とアニサキスなどの寄生虫が接触する可能性があります。一方で、鳥取県が開発した陸上養殖の方法は、地中で砂や岩を通過して自然にろ過された地下海水を汲み上げ、それを陸上の生簀(いけす)に入れて、稚魚の段階から完全養殖するもの。こうすることで魚は外の世界と触れることなく、寄生虫が付くリスクを避けられるのです。

「地下海水を使って陸上養殖をすることによって、アニサキスなどの寄生虫が排除できる。まさにサバに向く養殖方法だと思いました。サバは大衆魚なのですが、市場に生で食べられるサバは、当時ありませんでした。生で食べられる付加価値が付けられれば、1尾数百円で取引されるものが、高単価で売れるかもしれない、そうすれば、広がりのあるビジネスが展開できると可能性を感じたんです」

当時、鳥取県は陸上養殖の技術を持っていましたが、実際の養殖事業には至っていませんでした。そこで、陸上養殖のサバを事業化して消費者に届けることをJR西日本が担う形で2015年の6月に「マサバの陸上養殖の採算性等を検証し、事業化を図るため」の共同研究が始まりました。

そして共同研究が始まってから2年後の2017年に、鳥取県岩美町の網代漁港内にJR西日本が陸上養殖センターを開設します。

2016年~2018年のアニサキスによる食中毒発生状況(出典:厚生労働省)

手間をかけるから、養殖魚に付加価値が生まれる

JR西日本鳥取県岩美町陸上養殖センターで、センター長を務める吉村忠男さんに陸上養殖の様子を伺いました。吉村さんは、以前駅員をされていたそうで、養殖施設への異動は青天の霹靂だったのでは、と話を向けると、笑顔で首を横に振ります。

「今までもいろんな仕事をしてきたので、とくに違和感はなかったです。JR西日本の仕事とはイメージが結びつかないかもしれませんが、管理するという意味ではここも同じですよ」

と、温和な表情で話してくれる吉村さん。

陸上養殖センターのセンター長を務める 吉村忠男さん

「陸上養殖は、水の確保と水温管理に一番気を使います。地下海水は地下10mの帯水層から汲み上げているのですが、自然が相手ですから、我々が目指している水量が常に確保できるかという問題があります。海上がシケたり、気候の変動で変わってくる。水温に関しては、施設には屋根がないので直射日光が当たるんです。汲み上げた水はそのまま生簀に入れるので、機械的な管理はしていません。とくに夏場は、水温がかなり上がります。サバは高い水温に弱い魚ですので、現状の養殖過程では水温管理がいちばん難しいところです」

センターが稼働して、まだ2年半あまり。軌道に乗ったところもあれば、まだ最適な方法を模索している部分もあります。

「機械で自動的に行っておらず、マニュアルもありませんからね。日々の状態や状況を見ながら対応していることも多いため、作業内容を文章におこせといわれても、なかなか難しいものがあります。仕事を感覚でするのは良いことではありませんが、そうなってしまうことはありますね。ですが、こういった細かい作業がサバの出荷量や味、品質に関わるので、手は抜けません」

地下海水で陸上養殖されるサバ<写真提供:JR西日本>

「人件費や経費、手間を抑制するとなると、オートメーション化も必要でしょう。実際にそういう設備を導入して、大量に育てて大量に売る養殖のやり方もあります。一方で我々のように規模が限られて、品質にこだわるとなれば、やはりひと手間、ふた手間は多くならざるを得ません。ですが、この手間が商品としての付加価値につながっているんだと思っています」

『お嬢サバ』を、鳥取県の陸上養殖のシンボリックな存在として位置付けたい

吉村さんたちによって大事に育てられたサバたちは、「お嬢サバ」のブランド名で2018年3月に初出荷を迎えました。この名前は手塩にかけて育てたことが箱入り娘を連想させることから、「お嬢さま」にちなんで名付けられました。出荷の際に旅立っていくサバたちを見送るたび、吉村さんは胸に迫るものがあると言います。

出荷される「お嬢サバ」<写真提供:JR西日本>

「娘を嫁に出すようなといいますか、グッとくるものはありますね。でもお店からこのように盛りつけをして、お客様に喜ばれたと写真を見せていただくことがあるんです。出荷の際は喜びと別れる悲しみはあるのですが、お客様のもとでキレイに着飾って華を咲かせてくれる、美味しいと喜んでいただける。そこに、この仕事のやりがいを感じています」

「出荷の際は毎回、胸が詰まる」と吉村さん

「お嬢サバ」の名は、今や全国に広まりました。鳥取県栽培漁業センター室長山本さんは今後の展望をこう語ります。

「鳥取県で陸上養殖を振興し、JR西日本さんが事業化を通じて『お嬢サバ』というブランドとともに、鳥取県の名も広めていただけました。これは、大きな成果と捉えています。鳥取県は今後も『お嬢サバ』を陸上養殖のシンボリックな存在として位置付けて、養殖も頑張っていることをアピールしていきたい。鳥取県の名物といえばカニ、砂丘、お嬢サバと、そうなれば最高ですね(笑)」

鳥取県で陸上養殖に取り組む方々

「お嬢サバ」はこうして鳥取県とJR西日本が手を携えて、世に送り出されたのです。
次回の後篇では「お嬢サバ」をJR西日本とともに消費者のもとに届けた、あるひとりのキーマンの話を中心にお送りいたします。

今回訪れた漁港へのアクセス

鳥取県岩美町・網代漁港
住所
〒681-0073 鳥取県岩美郡岩美町大谷 2182-484(網代漁港内)
URL
お嬢サバ https://www.westjr.co.jp/life/profish/ojou-saba.html
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