酒博士 小泉 武夫先生が語る“酒噺”
Vol.3「酒粕」
Vol.3「酒粕」
日ごとに寒さも厳しくなり、お猪口に注がれた日本酒のお燗の旨さが骨身に染みる今日この頃です。
ところで日本酒を造るとき、酒の元であるもろみを搾って清酒をとりだした後に残る固形物が『酒粕(さけかす)』です。きれいに板状になっているものは「板粕(いたかす)」と呼ばれ、冬の酒造りの時期になるとスーパーなどでも売られているので、皆さんも良くご存知のことと思います。
「カス」というと残り物とか余り物というイメージで良くありませんが、なんと江戸時代の人は粋でしたねえ。酒粕のことを、手で握ることができるお酒ということで、『手握り酒』と呼び、ありがたく頂いていたそうです。つまり、酒粕にはまだ10%近くのアルコールが残っていますから、食べるとお酒を飲んだときと同じように気持ちよくなるのでそんな呼び名で親しまれていたのですね。
また、江戸時代の文献や料理書などを見ていますと、酒屋や居酒屋などの書画に、「酒骨(さけぼね)あります」ということが書かれてあります。
「はて?何のことか」といろいろ調べると、これも『酒粕』であることが分かりました。魚も三枚に下ろすと残るのは骨であるのと同じように、酒を搾ったあとに残るものという意味合いでしょう。そして料理書などでは『酒骨料理』という言葉も出てきますが、これは酒と魚の骨を使った料理のことではなく、酒の骨、すなわち酒粕を使った料理のことなのです。
というように、酒粕は江戸時代の人たちにも好んで食べられていたわけです。しかも、前回紹介した『甘酒』と同じように、酒粕にも驚くべき栄養価があります。酒粕をお湯などで溶かすと牛乳のように白く濁りますが、あれはすべて酵母なのです。酒粕には1g中に約6億個もの酵母が含まれており、酵母には菌体でもタンパク質が約60%ありますから、大変な活力源になるのです。
また酵母は、リン、カリウム、カルシウム、亜鉛、マンガン、マグネシウムなど人間の生命活動にとって重要不可欠なミネラルも大量に持っています。さらに、酒粕には様々なアミノ酸の結合体であるペプチド(肝臓を強くする)も多く、血圧を正常に保つ成分であるアンギオテンシン転換酵素も含まれているという、まさに健康維持の妙薬ともいえる伝統食なのです。
そして、鍋物はもちろんのこと、酒粕に漬けられた漬物や魚などの美味しさたるやたまりません。今宵は日本酒のお燗と共に、酒粕を使った料理を囲んでしっぽりと注しつ注されつ…。
すると麹の美肌効果も手伝って、明日の朝は女性のお肌もピッカピカ。もう「カス」などと呼び捨てにせず、「加寿(かす)」と考えて、皆さん喜んでお召し上がりください。
文:発酵学者 小泉武夫