沼島の漁業に明るい一石を投じるため、若手漁師が集って結成した「沼島一本釣り産直部」沼島の漁業に明るい一石を投じるため、若手漁師が集って結成した「沼島一本釣り産直部」

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沼島

更新日:2018/9/19

沼島(ぬしま)は兵庫県淡路島の南端から約4kmの沖合いに浮かぶ、周囲10kmほどの小さな島。対岸の土生(はぶ)港からは島の全景がはっきりと見え、ここから1日往復10便が出ている定期船に乗れば、わずか10分ほどで沼島に到着します。

沼島の全景

古事記に記された、日本で最初にできた島「おのころ島」とされる伝説がある沼島は、江戸時代から漁業が盛んに行われてきました。紀伊水道の北端に位置し、潮の流れが速い外海でもなく、穏やかな内海でもない沼島の海は、漁場として好ましい環境にあります。

昭和20年代初頭の人口は約2,800人を数え、多くが漁業に従事する人々でした。しかしそのころを頂点に人口は減少の一途を辿り、現在は約450人。今も島の基幹産業が漁業であることに変わりはありませんが、海の環境の変化などもあり、漁獲量も人口減少と歩調を合わせるかのように右肩下がりに減り続け、魚価の低迷とあわせて厳しい状況に置かれています。

沼島の人口推移

沼島漁協 漁獲量の推移

魚価の低迷を打破すべく、若手漁師が集って「沼島一本釣り産直部」を結成

そんな状況を自分たちの手でどうにか打ち破ろうと、10年ほど前に島の若手漁師たちが中心になって「沼島一本釣り産直部」(以下、産直部)を結成しました。グループを結成した理由や目的などを3代目の代表であり、自らも一本釣り漁師の上野宏文さんが話してくれました。
「立ち上げたのは12~13年前。とにかく魚価が安いので、自分たちで少しでも出荷して、利益を上げられるようにという思いで始めたんよ。最初は若い子数人のグループから始まり、一緒にやってくれる年配者も加わって、今のメンバーは14~15人やね」

沼島一本釣り産直部・上野宏文代表

仲買いを通さずに自分たちで魚を出荷する試みは、この取り組みを始めてからのこと。当初はなんのノウハウもなく、手探りの状態。自分たちから外に飛び出してはみたものの、なかなか成果は得られません。
「ちょっと前までは7月の海の日に、淡路島の観光施設でイベントとかをしよったけど、それが無くなったんよな。その前も神戸や大阪に行って販売したり、いろいろとしよったんよ。今はそういうのが減った。ほかにも、神戸あたりのホテルに何回か売り込みにまわったこともあるねんけど、なかなか成果は出んかったな」

そんな状況に手をこまねいていたあるとき、ひょんなことから産直部と東京の築地市場との間につながりができました。

「それまでは、タイを神戸の生け簀屋に卸してただけやった。それが去年に離島漁業再生支援交付金事業の関係で築地に視察に行って、そこで『こんなん、やってみませんか』と取引先を紹介してもらったんよ。それをきっかけに、去年の春から築地にアジを出し始めた。けど築地とつながったとはいえ、まだ商売が変わるというほどではないね。仲買いを通さんで直に卸すから、そのぶん値段は上がるけど、そんなにたくさん卸せるもんでもない。安定供給もしたいけど獲れる量も減ってるし、なかなかできへんのよ」

「販路を広げる取り組みもしていきたい」と上野さん

今の産直部は「その日その日を精一杯やるしかない」のが現状だと上野さん。"自分たちの取り組みで、沼島の漁業全体を変えるんだ"などと大風呂敷を広げることはできませんが、まずは産直部が自らの努力で成果を出せば、それが沼島の漁業に明るい一石を投じることになるのかもしれません。
「今の僕らは築地への出荷とか、冬にタイを神戸に出すだけで、いっぱいいっぱいなんが実際のところ。築地とかに少しでも魚を出して魚価を上げて収入を少しずつでも上げていったら、周りにいい影響が与えられるかもしれへん。とは言っても、同じことばっかりしててもラチが明かんからね。今後の取り組みについては深いところまでは話せてないけど、みんなと話をして販路拡大を考えていかなアカンと思ってる」

沼島一本釣り産直部のみなさん

産直部のメンバーであり、沼島で唯一伝統の漁法でハモを獲る親子漁師

良い漁場に恵まれた沼島では、1年を通してさまざまな魚が獲れます。春と秋のタイ、夏のハモとアジはとくに質が良く、沼島を代表する三大魚種です。そのなかでもハモは古来より京の御所に献上され、現代では京都の祇園祭、大阪の天神祭の季節に旬を迎えることから、関西に夏の訪れを告げる魚として愛されています。

夏の訪れを告げる魚として関西で愛されるハモ ※写真はイメージです

一本釣り漁法ではありませんが、産直部の志に賛同してメンバーに加わった漁師がいます。沼島で唯一、伝統の漁法「延縄(はえなわ)漁」でハモを獲る、安達豊和さん、一富さん親子に話を聞きました。

安達豊和さん(左)、一富さん(右)

現在75歳の豊和さんは、16歳からハモ漁を始めた大ベテラン。豊和さんが船に乗り始めたころは、ハモの延縄漁が盛んに行われていたそうです。
「僕が学校を卒業して漁師になったころは、ハモの延縄漁をするのは大きな船が36隻、小さい船で陸に近いところでやるのが8隻くらいあった。それが今はウチだけ。ここ20年くらい、この状況やね」(豊和さん)

沼島のハモは底曳き網にかかるものもありますが、漁法の性質上、網のなかでほかの魚ともまれてしまい、身が傷ついてしまいます。ですが1匹ごと針で釣り揚げる延縄漁では、その懸念がありません。両者に質の差が生じるのは、自明の理でしょう。しかし実際には、延縄漁は衰退していっています。いくつかある理由のなかで、そのひとつは流通の発達。

「関西国際空港ができてから、飛行機で直接生きたハモが韓国あたりから入ってくるようになったんや。大阪や京都の店がそれを使うようになって、ぱったりと値段が下がった。それまでは12隻くらい残ってたんやけど、そこからバタバタっと減っていった」(豊和さん)

もうひとつは、漁を行う環境です。ハモは昼間は砂や泥、岩場に潜んでいて、夜になると活動を始めて獲物を探す夜行性の魚。そのため、必然的に漁を行うのは夜になります。
「延縄は夕方に港を出て帰ってくるのが朝になる、夜の仕事。縄繰りいうて漁で使った縄を直す作業に手間と人手がかかるし、経費もかかる。楽な仕事やないし、周りでやってた者は歳をとって延縄を辞めて、底曳きや釣りとか昼間の漁に変わっていった」(豊和さん)

延縄漁のイメージ

近年の沼島では、ハモが揚がる量と魚価にも変化があると、一富さんは言います。
「オヤジの船に乗ってこの漁をやり始めた30年ほど前は、1日で20~30kgくらい、めっちゃ釣れるときは50kgくらいやった。けど今は、そんな数は揚がらん。単価もものすごく下がって、いいときの半分以下ではすめへん。1/4くらいに値段が下がってる」(一富さん)

一富さんはハモ漁師歴約30年

売り上げを補うために安達さんたちが講じた手段が、ハモを捌いて自分たちで出荷すること。ハモは下処理の骨切りが大変で、プロの料理人でも習得するまでには時間がかかる作業です。安達さんたちは獲れたハモに骨切りなどの下処理をほどこして付加価値を上げ、消費者に直接届けています。

「浜値が安いからウチは卸すものとは別に、自分とこで料理してセットにして発送したりもしよるねん。ハモを捌いて骨切りして皿にキレイに並べて、レシピを上につけて、『はい食べてください』と。ハモは一本まるまる送られてきても、普通の家では自分とこで捌いて食べるのはなかなかできひん。こっちで料理してやらないと、食べてもらえへん魚やから」(豊和さん)
安達さんが注文を受けるのは、ほとんどが知り合いの方々。獲れる量に限りがあるため、販路を増やせません。安達さんによるハモの自家出荷は、産直部として行っているものではありませんが、取り組みの根底は通じるものです。
「買ってくれた人が友だちとかに送って、その友だちが知り合いに送って、そのまた知り合いがとなって増えてきて。自分が獲ってきたハモでやるから量があって安いねんけど、注文を受ける数はそない増やされへん。自分とこになかったら、よそから買ってきて料理してやったらエエのかもしれへんけど、それやったら今の量と値段ではできへん。ウチは獲ってきたやつからサイズがエエのを選んで、注文を受けた人に送ってるから」(豊和さん)

豊和さんはハモ漁師として60年近くのキャリアを持つ

沼島のハモは皮が薄くてほどよく脂がのり、肉質が良いことが特徴。海底がやわらかい泥で構成され、エサも豊富な沼島周辺の海域が生息に適しているからだと考えられています。身を傷つけない伝統の漁法で獲ってくるハモに話を向けると、安達さん親子は
「このハモを食べたら、ほかのハモは食べられへんと言うてくれる」(豊和さん)
「皮がやわらかい、骨がやわらかいって言うてくれたら、いちばんありがたい」(一富さん)
と、そろって笑顔を浮かべます。

魚へんに豊と書く鱧(ハモ)は、まるで沼島の豊かな漁場を象徴するような魚。沼島伝統のハモの延縄漁は今では、安達さん一家によってのみ守られているのです。

次回の後篇では、沼島のもうひとつの名物であるアジの一本釣り漁の取り組みと、沼島のアジを使った料理を紹介します。

今回訪れた漁港へのアクセス

沼島漁港
住所
〒656-0961 兵庫県南あわじ市沼島
URL
沼島漁協 http://nushima.jp/about/
吉甚(沼島の観光案内所) http://nushima-yoshijin.jp/
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