兵庫県三木市の北東部、吉川町。穏やかな丘陵地の間に盆地が広がるこの場所で、最高品質の山田錦は育まれてきました。夏場の一日の気温差が大きく、土にはミネラル類が豊富。古くから山田錦の栽培で特A地区に指定されています。
ここで四十余年、米づくりに携わる冨依多雅藏さんは語ります。「やっぱり土がいいんだと思います。背が高い山田錦は縦にも横にもしっかりと根を張れないと倒れてしまう。ここは土壌が粘土質だから、稲もたっぷりと背を伸ばせるんじゃないですかね」
しっかりと根を張って成長した山田錦は、粒自体も心白も大きく、磨けば美しい輝きに。米づくりの初心者が見ても、その違いは歴然だと言います。
冨依さんが米づくりをはじめてまだ間もない頃、先輩農家から言われた言葉があります。
「一日一回、稲と話せと言われましたね。米農家の多くが兼業農家なのですが、それでも毎日一回は田んぼに行って様子を見て、稲が欲しいものはないか、弱っていないかなどを確かめなさいということ。私はまだまだ稲と話せるまでできてないけどね」
そう話して、冨依さんは楽しそうに笑います。しかしながらその先輩の言葉通り、栽培時期には点在する複数の田んぼを毎日見て回ってきました。
「梅雨が明けた頃の一週間ほど、水を全部抜いて土を乾かす『中干し』を行います。そうすることで根が酸素を吸収でき、土深くまで成長していく。だけどその頃に田んぼに行くと、地面がカラカラで可哀相でね。ついつい水をあげたくなるんだけど、そこはぐっと我慢してます」
山田錦ならではの難しさはありますか、そんな質問を投げかけると冨依さんは頭をかきながら答えました。
「全部難しいよ。天気次第で水をあげる量が変わるし、気温で成長も変化する。収穫のタイミングだって稲が倒れるギリギリを見極めなきゃいけない。台風が来たら全部ダメになっちゃうから、それも難しい。同じ年なんてひとつもないから、毎年毎年勉強です。経験は確かに増えていくけど、自然相手じゃ役に立たないことも多いしね」
一日に何度も見上げるという空の下で、今日も稲に語りかける冨依さん。親心のようなついつい甘やかしたくなる気持ちを抑えて、今年の秋も極上の山田錦を届けてくれるに違いありません。