一粒の米も、多くの人が支え合うことでできている……。
兵庫県のほぼ中央に位置する多可郡多可町東安田地区では、多くの兼業農家たちが支え合いながら山田錦を育んでいます。この日、お話をお伺いしたのはこの地区で農会長を務める大山正勝さん。
「この地区では専業農家のように全ての時間を米づくりに費やせる方は少ないので、稲の確認などは農家同士で助け合うこともありますね。少し水が足りないかも、肥料を追加した方がいいんじゃないか?などアドバイスを送ったり。皆が皆の田んぼを支え合うことで、良い山田錦を育てています」
人々が支え合うことで、質の高い山田錦を育てている多可町東安田地区。取材の途中、畦道を歩いているときもいろいろな田んぼに視線を送る大山さんの姿が印象的でした。
穂が出揃う10月には、地区全体が黄金色の輝きに包まれます。冬の土づくりから始まる長い米づくりの成果がいよいよ実を結ぶとき。農家さんたちはさぞ喜びでいっぱいかと思いきや、実はあることに対して不安がいっぱいだそう。
「この時期に台風がやってくるかもしれないという情報が入ると、農家たちは気が気でなくなります。背の高い山田錦は特に倒れやすい。稲が一度倒れるとそう簡単には起こせないし、品質にも大きく影響する。これまでの苦労が報われないという結果になることもありえますから」
台風が来るまでに収穫を終えられればいいものの、タイミングよってはまだ熟しきっていない場合も。そんなときには、ただ天に祈るばかりだと言います。だからこそ、無事たくさんの米を収穫できたときの喜びは格別。地域の皆で喜びを分かち合いながら、一年の労をねぎらいます。
風に揺れる稲穂や畦道の小さな生き物の足あとなど、米づくりの大変な苦労を包み隠すように優しい風景が広がる東安田地区。農会長の大山さんもそんな田園の姿に魅せられるひとりです。
「これからも東安田の素晴らしい風景と、うまいお酒に欠かせない山田錦作りを残していきたい。そのためには米作りと同じように、後継者、若い担い手たちを一人ひとり大切に育てていくことが重要だと思いますね」