酵母で日本酒をデザインする 酵母育種研究の展開
白鶴酒造では、酵母育種研究を通じて、多様な香味特性をもつ日本酒の開発に取り組んできました。酵母はアルコール発酵を担うだけでなく、果実様香や花様香、豊かな味わいなど、日本酒の個性を形づくるさまざまな香味成分を生み出します。
本ページでは、白鶴酒造がこれまでに取り組んできた代表的な酵母研究の成果を紹介します。
1.テルペン生産性酵母の開発
テルペン類は、花や柑橘、マスカット様の香りを特徴とする天然由来の成分であり、ワインなどでは重要な香り成分として知られています。一方、ブドウなどの果実とは異なり、コメにはテルペン類の前駆体が含まれていないため、一般的な日本酒にはテルペン類は含まれません。
そこで白鶴酒造では、テルペン類を自ら生産する酵母の育種に取り組み、日本酒にフローラル・フルーティで個性的な香りを付与する技術を確立しました。
テルペン類は、本来、酵母の細胞膜構成成分であるエルゴステロールの合成経路の初期段階で生成され、細胞外に漏れ出すことなく細胞膜形成に利用されます。しかし、当社が取得した酵母では、エルゴステロール合成経路に関わるERG20 遺伝子に突然変異が生じたことで、テルペン類が日本酒醪(もろみ)中へと漏出し、花のように甘い香りを付与できることが分かりました。
一方で、この酵母は増殖が遅く、発酵性に課題がありました。そこで白鶴酒造では、研究部門と製造現場が緊密に連携し、長年培ってきた酒造りの技術と知見を活かすことで、安定した製造を可能にし、製品化に成功しました。
本酵母は、「白鶴 淡雪スパークリング」や「Hakutsuru Blanc」をはじめとする、従来の日本酒とは一線を画すフローラル・フルーティな香りをもつ日本酒に使用されています。
2.酢酸イソブチル高生産酵母の開発
酢酸イソブチルは、しぼりたての日本酒にわずかに含まれる、メロンやバナナを思わせる爽やかでフルーティな香り成分です。
この香りは日本酒の“フレッシュさ”を象徴する重要な要素ですが、品質を安定させるために行われる濾過や加熱殺菌の工程において、失われやすいという課題がありました。
そこで私たちは、しぼりたてのようなフレッシュな香りが長く楽しめる日本酒の実現を目指し、酢酸イソブチルを高生産する酵母の開発に取り組みました。具体的には、① 酢酸イソブチルを合成する酵素Atf1の活性向上、② 分解に関与する酵素Iah1の活性低下、③ 前駆体であるイソブタノールの生成能を高める育種手法(フィードバック抑制の解除)を組み合わせることで、従来に比べて酢酸イソブチルを高生産する酵母の取得に成功しました。
この技術により、しぼりたてのようなフレッシュな香りを持つ日本酒を、安定的に製造できるようになりました。
おわりに
白鶴酒造では、400種類以上におよぶ自社酵母を保有し、それぞれの特性を活かした酒質設計に取り組んできました。酵母育種研究は、香りや味わいに加え、醸造適性までを含めて総合的に酒質を設計する技術として進化を続けています。今後も、培ってきた知見と技術を基盤に、日本酒の新たな魅力創出に挑戦していきます。
受賞
- 酢酸イソブチル高生産酵母の育種と窒素源の影響解析、日本生物工学会Topics of 2023(2023)
学会発表
- モノテルペンアルコール生産性変異酵母のファルネシル二リン酸合成酵素遺伝子の新規な一アミノ酸置換変異、生物工学会(2001)
- 出芽酵母ゲラニオール還元酵素遺伝子のクローニング、生物工学会(2003)
- テルペンアルコール生産酵母の育種、清酒酵母・麹研究会(2005)
- テルペン生産性酵母の育種とその応用、酵母合同シンポジウム(2006)
- 日本酒の新しい香りの創造、日本生物工学会シンポジウム(2006)
- テルペン生産性酵母の育種とその機能性について、兵庫バイオテクノロジー研究会(2008)
- 酢酸イソブチル高生産酵母の育種と窒素源の影響解析、日本生物工学会(2023)
- Improvement of isobutyl acetate production in sake yeast , タイ国際シンポジウムTSB2024(2024)