酒博士 小泉 武夫先生が語る“酒噺”
Vol.2「甘酒」

シェアする

  • Facebook
  • Twitter
  • LINE

そろそろ紅葉も終わりを告げ、いよいよ日本酒の本格的な造りの季節がやってきました。

ところで、お酒は少量しか飲めないという人でも、甘酒は大好きという方はたくさんいらっしゃいます。というのも、甘酒は酒という字が付いていますが、アルコールは一切含まれていません。よく勘違いされるのは、家庭で酒粕と砂糖などを使って造る甘酒は、酒粕の中にアルコールがたっぷり含まれていますから、当然お酒の味が強くします。しかし本来の甘酒は、炊いたご飯に麹とお湯を混ぜ、ひと晩炬燵などの暖かい場所に入れるとできあがる甘い飲み物です。

これは、『麹(こうじ)』の時にお話したように、麹菌の出す糖化酵素の働きで、お米のデンプンをブドウ糖に変えるからなのです。甘酒については、7世紀後半から8世紀後半にかけて編まれた「万葉集」にも歌われており、柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)や山上憶良(やまのうえのおくら)なども、その貴重な甘さに目を見張ったことでしょう。ここでちょっと、甘酒に関するミステリアスなお噺を一席。

甘酒は一般的に冬の飲み物だと思われがちです。ところが今、季語辞典などで甘酒を引くと、甘酒は夏の季語になっているのをご存知ですか? 答えはなんと江戸時代へと遡ります。

当時の生活様式を漫画風に描き、説明を加えた古文書が『守貞漫稿(もりさだまんこう)』ですが、その「甘酒売り」の項には、「江戸京坂では夏になると街に甘酒売りが多く出てきて甘酒を売っている。一杯四文である」というようなことが書かれてあります。

じつは江戸時代は夏の死亡率が一年中で一番高く、病人や老人、子供を始め、大人でも仕事などで無理が続くと暑さで体力が一気に低下し、亡くなる人が多かったようです。

そんな時、栄養たっぷりの甘酒は体力回復に非常に効き目があり、それまでの冬の飲み物としてではなく、夏の必需品として人気が高まり、夏の風物詩として季語にまで詠まれるようになったのです。

この甘酒を分析してみますと、甘いのは体のエネルギー源にもなるブドウ糖で20%も入っています。さらに、人間が必要とするビタミンB1、B2、B6、ビオチン、イノシトール、パントテン酸などすべてのビタミン類も、麹菌が繁殖するときに生成され蓄積されています。また、米に含まれるタンパク質からは、麹菌が生成するタンパク質分解酵素によって多くのアミノ酸が作られるのです。

つまり、甘酒に含まれるブドウ糖群、ビタミン群、アミノ酸群の溶液を現代医学に照らし合わせると、まさしく点滴に他なりません。いかがですか。江戸時代の人たちの知恵は驚くべきものではありませんか。

皆さんも、夏バテに限らず、冬の体温まる美味しい飲み物として、また新型インフルエンザが流行るこの時期、優れた天然の栄養源としても、甘酒に親しんでください。

文:発酵学者 小泉武夫

  • Vol.1 「麹(こうじ)の発見と、麹の名前」
  • Vol.3 「酒粕」
  • Vol.4 「卵酒」
  • Vol.5 「屠蘇(とそ)」

\ キーワードから探す

日本酒を楽しむへ