酒博士 小泉 武夫先生が語る“酒噺”
Vol.5「屠蘇(とそ)」

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日本人にとってお正月は一年の中でもっともおめでたい日で、元旦に雑煮をいただく前に、自分や家族、近隣の無事をも願いながら頂く屠蘇の味わいは清々しいものがあります。

現在は屠蘇の代わりに吟醸酒や純米酒などで乾杯する家庭も多いようですが、本来の屠蘇は、向こう1年間の邪気を払い、延命を願って飲まれる薬酒のことで、日本で考えられたものではなく、もともとは中国の正月行事のひとつでした。屠蘇の字を紐解くと、「屠」は死を表し、「蘇」はよみがえりを表します。

つまり、邪気を屠(ほふ)り、心身を蘇(よみがえ)らせるところから名付けられたと言われているのです。

屠蘇にはその名前に相応しく様々な薬効成分が含まれています。正式な屠蘇の作り方は、キキョウ、ボウフウ、サンショウ、ニッケイ、ビャクジュツの五種類の生薬を酒に浸し、その成分と香りを浸出させたものです。

ちなみに、これら五種類の生薬を配合させたものが屠蘇散と呼ばれるものです。わが国へは平安時代に伝わり、次第に民衆にも浸透して風習化しました。元禄時代に書かれた本草書『本朝食鑑(ほんちょうしょっかん)』の中にも、屠蘇の用法や効能が謳われています。

伝統的な屠蘇の作法は、まず三角形に縫った赤い絹袋に屠蘇散を入れ、大晦日の晩に井戸の内側に吊るします。そして元旦の早朝にこれを取り出して酒に浸すのです。『本朝食鑑』にはこれを「数沸煎(に)る」とありますが、そのままでもかまいません。

それから一家揃って東の方を向き、年少者から順に「一人これを飲めば一家疾(くるし)みなく、一家これを飲めば一里病なし」と唱えて飲み、松の内が過ぎてから袋の中の薬滓を元の井戸に投じるのです。この井戸水を飲んでいれば、一代の間無病とされました。

しかし、井戸が身近になくなった近年ではこの伝統行事もだんだん薄れてきたのはいたしかたありません。ただ、最近はお正月が近づくと袋詰めの屠蘇散も売られていますし、子供の場合はお酒の代わりに甘く口当たりのいいみりんなどに混ぜたりすると飲みやすくなりますから、今年は新年の門出を家族揃って、屠蘇で祝ってみたいものですね。

文:発酵学者 小泉武夫

  • Vol.1 「麹(こうじ)の発見と、麹の名前」
  • Vol.2 「甘酒」
  • Vol.3 「酒粕」
  • Vol.4 「卵酒」

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